えいる訪問看護ステーションが目指すもの ~病棟看護師時代の「壮絶いじめ」体験を超えて~【佐藤友紀代表インタビュー1】

 

自然豊かな小金井市の川のほとり。

ここに、着実な看護師経験と明確なビジョンに基づき、訪問看護ステーション開業の決断をした一人の若き男性看護師がいます。

その名は佐藤 友紀えいる訪問看護ステーションの代表です。

 

ところで、一般社団法人全国訪問看護事業協会によれば、2016年時点で全国には9,000件以上の訪問看護ステーションがあります。

まさに「開設ブーム」とも呼ぶべき現代においては、廃業に追い込まれるステーションも相応数いるのが現実。

 

そんな中、えいる訪問看護ステーションは着実に利用者を獲得し、成長を続けています。

本記事は、そんなえいる訪問看護ステーションの佐藤代表に素朴な疑問をぶつけた記録です。

 

人間味あふれるご経験を通して、確かな想いを持つにいたった佐藤代表から学ぶべきことは少なくありません。

 

えいる訪問看護ステーション、佐藤友紀

えいる訪問看護ステーションHPはこちら☆

 

 

えいる訪問看護ステーションとは?

 

――はじめに、えいる訪問看護ステーションの特徴についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

 

まず、「えいる訪問看護ステーション」の名前の由来についてですが、『えいる』という言葉はフランス語で「翼」という意味です。

つまり、多くの人々に「えいる(翼)」を通して希望をもたらすこと、あるいは、その人の可能性を開花させたいという想いを第一として創業しました。

 

また、英語読みで「えーる(yell)」と言えば「応援」という意味がありますので、「地域の応援団」として、地域に住まれる方を家族も含めて応援したいという想いも込められています。

 

さらに言えば、「関わる人すべて」にこれらを実現したいとも思っています。

つまり、利用者さんやそのご家族だけではなく、弊社で働く人も含めてということです。

うちに入ったからこそ気づけること、可能性、成長を増やすという意味で、「良いもの」を届けたいと思っています。

 

ただし、そうは言っても、そもそも私たち自身が笑って仕事をしていかないと、「希望」をもたらしたり「応援」を届けたりすることは難しいかと思います。

ですので、まずは「私たち自身が健康で楽しく働く」という点は凄く大事にしています。

私は経営者であり管理者ですが、どちらかといえば輪の中に一緒に入って行って、一緒に楽しむスタイルをとっています。(笑)

 

えいる訪問看護ステーションの設立経緯 ~病棟看護師時代の苦い経験を糧に~

 

――佐藤代表は、もともと訪問看護ステーションを開業したいと思っていらっしゃったのでしょうか? 「えいる」の設立経緯についても順を追って伺えれば幸いです。

 

最初の在宅とのつながりで言いますと、学生時代の在宅実習に遡ります。

在宅実習には2週間ほど行ったのですが、在宅は良い意味で「わがまま」を言える、「自分らしく過ごせる」場所だと思ったことは大きかったと思います。

たとえば、必要な処置や治療があり、「これをやりましょう」と言うと利用者さんは「嫌です」と仰るわけです。笑

「家で暮らしてるから良いんだよ」「どうなっても自分で決めるから良いんだよ」と。

 

ある意味「わがまま」とも取れるかもしれませんが、私はその「自由さ」に凄くひかれました。

これは偏ったイメージかもしれないですが、当時のドラマでよく見られた「医療者が上に立つ関係性」や「バランスが崩れた体制」といった面に、私はもともと凄く違和感を覚えていました。

しかし、実習を通して漠然とではあるものの、在宅であればフェアでいられるのかなという対照的なイメージを持ちました。

そのイメージのもと、「人と人との関わりの中で生きていきたいな」、「いつかやれたら良いな」と思ったのが学生時代だったように思います。

 

ただ、はじめに就職先として選んだのは多くの人と変わらず、病院(外科病棟)でした。

そうしていざ就職してみると、病棟の中のお局(おつぼね)さんにしこたまいじめられるという経験をしました。

相当ひどいものでした。(笑)

 

――可能であれば、どういったものであったかお聞きしてもよろしいでしょうか?

 

「なんで看護師になったのか意味がわからない」、「半年間お前は何を勉強してきたんだ」、「免許とっただけ時間の無駄」といった言葉が浴びせられることは日常茶飯事でした。

また、朝礼に私だけ立たされ、皆の前で延々とその人にいじめられるということも。

周りからは援護射撃はなく、シーンとしている状態。

一部の方は、見えないところで「あの人は癖が強いから」とフォローはしてくれましたが・・・私自身は相当辛かったのを覚えています。

 

ただ、その体験を経た私が当時どういう思考回路になったのかというと、「ああいう人を雇用する側になれば良いんだ」というものでした。

そう思って以後、「これからどういう道を進めばいいんだろう」ということを色々考え、そして、自分のそれまでを振り返り始めました。

 

そこで一つの光明として思いついたのが「起業」でした。

「そういえば、訪問看護は看護師で起業できるはずだ」と。

調べてみると、自分でも不可能ではないことが分かり、すぐに「やろう!」と決断しました。

 

――すごい決断力ですね。

 

実習時の体験を通して、なんとなくではありましたが、在宅が自分の中で「やりたいこと」の範疇にあったことが大きいように思います。

現実の体験と過去の体験がつながり、「自分が楽しくやっていけるだろうな」という未来が容易に想像できたんです。

 

それで、起業を実現する為に経験や実力を含めた基礎固めの必要を感じ、看護師4年目から在宅の世界に飛び込みました。

これは一般的には早いスタートだとは思いますが、こうして私の「在宅」の下積み時代がはじまりました。

 

――在宅ではいかがでしたか?

 

在宅時代は、1か所で働いていたわけではなく数度転職を重ねました。

起業を見据えたときに、色々な訪問看護の形を知るべきだと考えたためです。

 

はじめは株式会社が運営する訪問看護ステーションで働きました。

このときは、病院と在宅の違いを噛み締めつつ、普通に指導を受けながら働いていました。

次に勤務したのは、病院併設の訪問看護。

ここでは医療度が高い人が多く、緊急対応で真夜中に呼び出されるという経験を積むことができました。

 

さらに、もう少し下積みをしたいと思っていたころ、別会社の人事の方にヘッドハンティングをしていただき、その会社に移籍しました。

そこはもともとヨガやピラティスの会社だったのですが、訪問看護を立ち上げるから管理者をやらないかという打診を受けたのです。

私としては基本的に好奇心旺盛なので、「やります!」とお答えしました。

その当時、「将来につながってる」感覚があり、非常に高揚したのを覚えています。

 

それで、意気揚々と向かうと、、、

 

看護師が誰もいませんでした。

 

――!?

 

▶ 次ページへ:激動の訪問看護ステーション管理者時代について伺います。

 

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