事業創造大学院大学 事業創造研究科 非常勤講師(担当科目リスクマネジメント)
大森 英直
10月7日、7月の九州豪雨により熊本県球磨村の特別養護老人ホームで14人が死亡したことを受け、国土交通省と厚生労働省の両省で有識者会議が開かれ、本件の対応についての課題が明らかにされました。[1]
(1) 施設にエレベーターがなかったため2階への避難に時間を要した
(2) 施設の避難計画が「水害」ではなく「土砂災害」を想定して作られていた
(3) 入所者への避難開始を促す情報を出した時点で、自治体の避難所が開設されていなかった
前回2020年8月5日のコラムにおいて、災害時の認知バイアスについて触れましたが、上記(1)(2)から、心理的バイアスが働いていたことが分かります。特に、楽観的無防備(自分にとって望ましくないことが起こる確率は低いと考えてしまう)と、集団同調性バイアス(皆でいるから大丈夫と思い避難が遅れる)が人の心理に大きく影響したことが“逃げ遅れ”という結果を招いたのではないでしょうか。これは被災した当事者だけの話ではなく、わたしたちにも同様に起こり得る心理状態だと考えるべきです。
また、BCP(事業継続計画)や避難計画では、“逃げること”を中心に考えるのが重要です。特に、このコロナ禍では避難所の定員数を通常より大幅に減員しているため、自分たちの命は自分たちで守るという「自助」の精神で災害に備えるべきではないでしょうか。「誰かが何とかしてくれるだろう」という他力本願では、つい甘い計画になってしまうものです。ハザードマップにしても、そこで想定されているレベル以上の災害は常に起こりうるものと考え、自分たちの力だけでも、どう対応できるのかを考えていただきたいと思います。
介護施設の被災が度重なったことで、国もようやく介護施設・医療機関・学校などの要配慮利用施設の水害対策に本腰を入れ始めました。
昨年、水防法・土砂災害防止法が改正されたことから、要配慮利用施設は「避難確保計画の作成」と「避難訓練の実施」が義務付けられ、罰則はありませんが、指示に従わない施設は行政の判断によって施設名が公表されるようになっています(2020年6月30日現在、全国対象85,924施設中、既に46,824施設で作成・提出されています)。[2]
また、厚生労働省は来年4月の介護報酬改定において「新型コロナウイルスなどの感染症や災害への対応力の強化」を基本方針案の柱の一つにしており、介護事業者が業務継続に向けた取り組みを進めた場合、介護報酬の手当てを支給することが検討されています。この点からも災害対応力が今後、介護事業者の収益にも影響することが考えられます[3]
こうした規制やインセンティブがないと、事業者のリスク対応への意識改革を促せないことは残念ではありますが、これを契機に災害弱者への支援が進むことが期待されます。
私はリスク対応は本来、組織内(社内)のコミュニケーション活性化のためにあるものだと考えています。リスク論の中には、従業員を含むステークホルダーとリスクをテーマに対話(双方向のコミュニケーション)を行うという“リスクコミュニケーション”という概念がありますが、これらを組織内で行うことが、従業員の育成につながると信じています。[4]
【出所】
[1] 国土交通と厚生労働省の両省で有識者会議の報道については、リスク対策.com 2020/10/07 「施設入所者の避難議論=7月豪雨受け、年度内に改善策―有識者会議」をご覧ください(下記URLご参照)。
https://www.risktaisaku.com/articles/-/40192?utm_source=mn&utm_medium=email&utm_campaign=rt
[2] 国土交通省ホームページ「要配慮者利用施設の浸水対策」に詳細が記載されています(下記URLご参照)。
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/jouhou/jieisuibou/bousai-gensai-suibou02.html
[3] NHK NEWS WEB、2020年10月9日、「介護報酬 新型コロナ対策や介護人材確保など重点に改定議論へ」をご覧ください(下記URLご参照)。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201009/k10012654801000.html
[4]東京都足立区にある竹下産業株式会社(産業廃棄物処理業・従業員24人)は、リスクコミュニケーションで従業員の思考力の育成、コミュニケーションの醸成に取り組んでいます(下記URLご参照)。
https://www.r-station.co.jp/trc/
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