2030年。
国立社会保障・人口問題研究所による日本の将来推計人口によれば、65歳以上の高齢者人口が3,667万人で全人口の31.8%となる年です。
そして、約160万人の死亡者のうち、約47万人の「死に場所」が定まらない「看取り難民」の大量発生が予測されている年です。
そのため、「看取り」を含めた在宅医療を行う診療所等には大きな期待が寄せられています。
しかし!
ズバリ、「看取り」に関する本質的な議論が進んでいるとは到底言えないのが現状です。
というのも、「看取り」という言葉自体の定義を示した文献や、具体的にどのような課題があり、それに対してどのような対策をすればよいのかについての考察がまだされていないからです。
本来、人間誰しも歳をとっていく以上、「看取り」が無関係と言い切ることが出来る人は一人もおらず、「身近な問題」として考察することは容易なはず。
では、なぜ看取りの議論が宙に浮いたように感じるのか。
本記事で、そんな在宅医療(看護)領域のホットトピックの一つである「看取り」について、改めて考えるきっかけをご提供できればと思います。
画像出典:mediva-hhc.jp
本記事の目次
本記事の目次は下記の通りです。
1.「看取り」とは?
2.「看取り難民」とは?
3.「看取り」に関連する具体的課題
4.まとめ
本記事ではまず、「看取り」の定義を明らかにします。
次に、一般的に考えられている俗語的な意味での「看取り」を、「看取り難民」という言葉に沿ってご説明します。
その上で、「1」で定義した「看取り」の意味に基づき、具体的な看取りの課題について考察します。
最後に「まとめ」として、本記事なりの結論をお示しします。
1.「看取り」とは?
「看取り」という言葉を使う人は多数いても、正確な定義はなかなか目にすることはありません。
そこで、まずは「看取り」という言葉自体の定義を参照してみましょう。
箕岡真子によれば、看取りは次のように定義されます。
無益な延命治療をせずに、自然の過程で死にゆく高齢者を見守るケアをすること *
つまり、「慢性疾患を有する高齢者の終末期において、緩和ケアを実践するということ」です。
また、箕岡氏は、「看取り」という言葉の重要性を語るにおいて、次のような問題提起もあわせて行っています。
日本人はこの「看取り」という言葉を、日常、気軽に用いているが、実際、医学的・倫理的・法的問題が内在している。具体的には、事前指示があるか、末期なのか、この治療は本当に無益なのか、あるいは治療義務の限界はどこなのかなどといった問題だ。 **
箕岡氏は、「(「看取り」という言葉には)平穏な死、もしくは『お迎えが来た』といったソフトな別れのイメージがある」とし、それによって「問題の本質を覆い隠してしまっているかもしれない」とも述べます。
たしかに、言葉の定義が十分ではない場合、何かしらの言葉を聞いて脊椎反射的に「良いこと/悪いこと」と断じる場合が往々にしてあります。
そして、「看取り」という言葉にはその側面があることも否定できないのではないでしょうか。
本記事では以下、上記の定義に基づいて「看取り」を考えてみたいと思います。
* 箕岡真子「日本における終末期ケア“看取り”の問題点 : 在宅のケースから学ぶ」『長寿社会グローバル・インフォメーションジャーナル』(web上ではこちら)
** 同上
2.「看取り難民」とは?
「看取り」について調べてみると出てくるキーワードの一つが、「看取り難民」という言葉です。
ただし、一般的に「看取り難民」とは、イメージ喚起のために使われている俗語に過ぎません。
とはいえ、「看取り」に対するイメージとしてどのようなことが(一般的に)言われているのかについて知ることは重要であるため、ここでは一般的に言われている「看取り難民」の論点について確認しておきます。
画像出典:vk.com
a.「難民」化の理由*
「看取り難民」という言葉を用いている記述の多くは、「難民」という言葉を「行き場がなくなっている」という意味で使っていますが**、なぜ「看取りを求める人たちの行き場がなくなって」しまっているのでしょうか。
その原因の一つは、歴史的背景にあります。
中でも、「病院での看取り」の件数が1955年ごろから漸増し、1975 年ごろに「自宅での死亡」の件数を上回るという「逆転現象」が起こったことは、非常に重要なポイントです。***
「逆転現象」の理由としては、1960年代~1970年代の高度経済成長を背景に、病院数・病床数が急速に増加し始め、それに伴い、往診医療を中心とした在宅での医療が消滅していったことが挙げられます。
そして、医療費の抑制の呼び声のもと、病院から在宅での看取りへと切り替えを進めようとしても、訪問看護師やケアマネージャーなどの人材はもちろん、設備や体制も整っていないという現状があります。
* こちら、『在宅医療・ホスピスのイロハ』の第三回を参照のこと
** 本来の「難民」の定義は「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々のことです(引用元はこちら)
*** ロハス・メディカルを参照のこと
画像出典:be-nurse.com
b.国民の多くは在宅で最期を過ごしたい
次によく言われている論点の一つが、本人の希望についてです。
厚生労働省の調査によれば、現在の日本人の死亡場所の約80%が「病院」です。
一方で、約70%の日本人は「自宅」で最期を迎えたいと望んでいます。(下図参照)
しかし、自宅で受け入れる体制が整っていないことから、「行き場がなくなって」しまうのではないかと言われています。
この点について、元マッキンゼーで現在は医療機関のコンサルタントとして知られる株式会社メディヴァの大石社長は以下のように語っています。
日本で最期を迎える場所は、病院が81%、自宅はわずか12%となっています。一方、アメリカやオランダでは、病院、自宅、施設それぞれが大体30%ずつです。
大石氏はこのアメリカらの30%ずつの形を「あるべき姿」とし、日本がそれを実現するために必要な要素として大きく「自宅と施設をカバーした在宅医療の広がり」と「施設の在り方の変革」の2つを挙げています。(参照:看取りコム「『看取り難民』大量発生の時代へ」)
画像出典:厚生労働省在宅医療の資料(2009年)
画像出典:厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査」(2013年)
c.日本在宅医療学会が示す「看取り難民」の解決策
たとえば「日本在宅医療学会」では、「行き場がなくなってしまう」ことに対し、国策としての「地域包括ケアシステム」を引き合いに出し、下記のような対策が提示しています。
2014年度から少子・超高齢・多死社会でも安心して暮らせるような地域づくり、地域包括ケアシステムが国家プロジェクトとして始まった。
このシステム構築の中核となるのは在宅医療における医療・介護の連携と医療体制においては急性期病院と地域医療・介護との密接な連携体制である。
特に、治癒が望めない医療依存度が高い疾患や病状を持っている人やその家族が安心して地域で暮らすためのシステム構築が肝要である。すなわち、在宅における治療法の標準化、医療依存度の高い利用者に対するケア、従事者の質の向上、医療および介護人材の育成、情報共有体制の構築、継続医療を念頭においた病診連携体制の構築と急性期病院の医療従事者および地域住民の意識変容が必要である。
しかし、これから構築されていく「地域包括ケアシステム」に対しては、疑問の声も少なくないというのが事実のようです。*
いまや国民医療費は年間40兆円に迫っている。その抑制策として構築が進む地域包括ケアシステムは「病院から地域へ」を合言葉に、いわば原理主義のように医療・介護業界に浸透しつつあるが、それぞれの地域で扇の要となる自治体には、疑問の声が上がっている。
「地域包括ケアシステムを機能させるには医療機関と介護施設だけでは供給力不足で、地域住民のマンパワーが必要になってきます。しかし、地縁や血縁が濃くて、助け合いの習慣が定着しているような地域でないと、マンパワーを確保できないでしょう」(自治体保健福祉部長) *
「自治体としては介護予防などにNPOやボランティアにも期待しなければならないところですが、正直にいってアテにはできません。活動の継続性が不安定だからです。やはり事業者でないと、サービス提供の質と量を安定的に確保できません」
なお、平成28年の診療報酬改定**では、たとえば「在宅緩和ケア充実診療所・病院加算」が新設されるなど、在宅領域に関する改定が多く見られました。
しかし、上述したように、現実的に「マンパワー」の不足が危惧されている以上、「自宅で看取る」こと、もしくは、「施設で看取る」ことのメリット・デメリットについて、出来る限り冷静に考えて判断する必要があると言わざるを得ません。
いや、むしろそうとしか言えない現状なのです。。。
なにせ、
「看取り」には、「その方の人生の最期をどういう形で締めくくるのか」という人生のテーマが関わっている
のですから。***
* Bussiness Journal
** 厚生労働省資料
*** 看取りコム「日本の看取りをめぐる状況」
☆『2030年の「看取り難民」問題、その本質とは?(2)』へ続く
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